詩篇17篇8節
- Pastor

- 2025年10月23日
- 読了時間: 2分
目に入れても痛くない存在のようにわたしを守り、みつばさの陰にわたしを隠し、
*******
新改訳は「ひとみのように見守り」と訳している。顔に何かがぶつかろうとする時、私たちは瞬時に目をつぶる。無意識のうちに目を守るのである。これほどに注意深く防御されるものはない。主はひとみのように守り、みつばさを広げてあらゆる危険から守られる。
1952年に制作された「禁じられた遊び」というフランス映画がある。冒頭のシーン。第二次大戦、ドイツ軍によってパリが陥落し、多くの市民が荷車に家財道具を載せパリを脱出する。その中に荷車を押しながら言い争いをしている若い夫婦があった。そこに戦闘機が襲来する。爆音に驚いて、娘のポーレットがだいていた犬が逃げ出す。それを追いかけたポーレットは、低空で飛行する戦闘機の機銃掃射の前に飛び出てしまった。それを見た母親はポーレットを守ろうと走り出し、その後を父親が追う。子どもが撃たれそうになって、娘の上に母親が覆いかぶさり、父親が母親の上を覆った。銃弾が父親の背中を撃ち抜いた。
両親は即死、犬も死んだ。辛うじて娘のポーレットは助かったが、両親の死というものが理解できず、死んだ犬を抱きかかえながら川沿いの小道をさまよい歩く。
あのののしり合っている夫婦が、いざ娘が命の危険にさらされているのを見るや、母親は危険を承知で飛び出し子をかばい、その妻を守るために夫は妻の身を覆った。そのために両親は命を失った。戦闘機に搭載された機関砲は鉄板も撃ち抜く威力。両親が折り重なっても子どもは守れなかったと思うが、両親の捨て身の愛が子どもを救ったのだろう。肉親というものはいざとなれば命をも惜しまない。主なる神はなおさらのこと、私たちを救うために自らの命をも惜しまなかった。この強靭な愛は、みつばさの蔭にあなたの身を守るのである。






コメント