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詩篇22篇1節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年10月28日
  • 読了時間: 2分

わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか。なにゆえ遠く離れてわたしを助けず、わたしの嘆きの言葉を聞かれないのですか。


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この22篇はメシヤ(キリスト)の受難を預言するみ言葉と言われている。この1節は、マタイ27:46の「そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である」をさし示す。14~18節には、福音書の中に描かれた十字架の光景のいくつかが示唆されている。


主イエス・キリストは、私たちが受けるべき罪の刑罰をご自身の身に負ってくださった。頭にはいばらの冠がかむせられ、手足にはくぎが打たれた。脇腹に槍が刺され、血と水が分離して流れ出たことから、死が確認された。すでに心臓は蝋(ろう)のように溶けていたのである(詩篇22:14)。この肉体的な責苦だけでなく、精神的な責苦を受けられた。「救い主なら、自分を救え」と人々はののしった。これだけでも耐えがたい苦難であるが、もっとも耐えがたい苦しみは霊的な責苦である。それがこの1節のみ言葉である。神から引き離され、神の御手の届かない底知れない暗やみの中に捨てられるのである。イエス様は肉体的な責苦と精神的な責苦には耐え抜かれた。しかし、この第三の苦しみ、霊的責苦には耐えきれず、「わが神、わが神、どうしてわたしを見捨てられたのですか」と絶叫したのである。三位一体というつながりの中から、子なる神は切り離され、捨てられたのである。驚天動地、あり得ないことが起ったのである。この大いなる犠牲があって、私たちは永遠の滅びから救われたのである。



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