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詩篇51篇12節

  • 執筆者の写真: Gates to Devotion
    Gates to Devotion
  • 2025年9月2日
  • 読了時間: 1分

更新日:2025年9月4日

喜んで仕える霊が、私をささえますように。


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聖霊は、痛みを伴う恐れの気持ちや偽りの愛からではなく、心の底から神に仕えたいという願いを人に起こさせます。恐れの思いから仕える人は、恐れている間しか奉仕をしません。自らの意志ではなく、強制されて、神に仕えている人は、刑罰や地獄がないとなれば、仕えることをやめるでしょう。


同様に、自らの繁栄と報いを求めて仕える人も長続きしません。報酬も栄えもないと知ったなら、神を愛することを辞めるからです。

こうした人たちは、神の救いに喜びを見出しません。まことの霊も純粋な心も持たず、神よりも自分自身を愛するのです。


しかし、堅固な意志を持って神に仕える人は、物事がうまくいってもいかなくても、良くても不快であっても、主に対する奉仕に揺らぐところがありません。神によって、高貴で王侯のように、強制されない自由な意志を与えられ、堅くされてきているからです。


「喜んで仕える霊」というこの一語は、ヘブル語で、気持ちの良い、強いられない霊を意味しています。強制による行為は全て長続きしません。自由な意志に基づく行為は永続的なのです。



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