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ヨハネによる福音書16章32節

  • 執筆者の写真: Gates to Devotion
    Gates to Devotion
  • 2023年1月1日
  • 読了時間: 2分

更新日:2024年12月4日

しかし、私は独りではない。父が、共にいてくださるからだ。


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まことにキリスト者でありたいと願う人は、他の人を必要としないほど自分が強くなって、悪に陥っても、助けを求めて周囲を見回すことがないように備えをするべきです。

キリストは私たちの模範です。この模範を通して私たちは、力が主の恵みからくることを知り、学んでゆきます。


ダビデもこの体験をして、詩編142編に次のようにうたっています。


私は右のほうに目を注いで、見てください。私を顧みる者もなく、私の逃げる所もなくなり、私のたましいに気を配る者もいません。

詩編142:4


これがキリスト者の姿です。

彼らは捨てられ、ひとりになります。そばにいて助けようとしてくれる人も信仰がほとんどなく、それゆえ、助けることができないのです。

その一方で、助けることができ、またその義務のある人は顔をそむけ、かえって最大の敵となってしまいます。私たちは自分の孤独をあるがままに受け入れ、他の人に助けを求めるべきではありません。


私たちはこの主キリストの模範を学び、注視する必要があります。

キリストの苦しみは孤独のうちに始まっています。あなたがたも孤独になる時が必ずやってくるのであり、たとえこの生涯のうちに起こらずとも、死の床で必ず起こります。

それゆえ、すべてのキリスト者は、キリストという力によって武装し、主の約束に従って、唯一の慰めであり助けであるキリストに結びついていなければなりません。


(ヨハネによる福音書の講解より)


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新しい年が明けました。

本日から3日間、牧師先生からのメッセージはお休みになります。

よってこの3日間は管理人が読んでいる聖書の講解著書より記載させていただいております。



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