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ヨハネの第一の手紙1章8-10節

  • 執筆者の写真: Gates to Devotion
    Gates to Devotion
  • 2023年8月19日
  • 読了時間: 2分

自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理は私たちの内にありません。私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、あらゆる不正から清めてくださいます。


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私たちは罪のうちに生きることができません。そして神に従うことを求め、神のために生きているなら、罪を犯すことがあっても、キリストの血は十分に私たちを清め、神との交わりは回復されると述べられています。

この繰り返しの間で、当時のある人たちの間で言われていたであろうこと、そして今日でも聞かれることにヨハネは話を向けているのです。これは、自分は罪人ではないし、「バケツいっぱいの」キリストの血をかぶらねばならないほどに罪を犯したこともないと言い張って真理に抵抗する人、多くの場合は、教会に来ていながら真剣に信じていない人の問題です。こうした人は、もちろん、聖書が語るように「クリスチャン」は罪を犯すものではないし、自分としても罪を犯していないし、これまでも犯したことがないと強がります。


ヨハネは、そのような考えに厳しく対応します。神の赦しを必要としないと言う者は、自分を欺いており、一度も罪を犯したことがないと言う者は、神を偽り者にしてしまいます。というのも、私たちすべては罪を犯し、救い主が必要であると神は語るのですから。


罪に打ち勝つ勝利の人生は、自分が罪人であることを否定することなどによって始まるものでは決してありません。むしろ、自分の中の罪と、自分が罪人であることを告白することから始めていかねばなりません。そして、罪の赦しときよめが、ヨハネ、またすべての使徒たちが招く義の生涯を可能とさせていくことがわかるのです。




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