top of page

ガラテヤ人への手紙2章5節

  • 執筆者の写真: Gates to Devotion
    Gates to Devotion
  • 2025年9月10日
  • 読了時間: 2分

それは、福音の真理があなたがたのもとで保たれるためでした。


*******


偽教師たちは、パウロがエルサレム教会から任ぜらられた教師ではないからと彼の使徒職を否定し、信仰だけでは不十分で割礼を受け、律法を守る必要がある、と言って、彼の教えを非難しました。

それに対して、パウロは、割礼は不要で、律法に縛られることなく、ただイエス・キリストを信じる、信仰によってのみ救われる、ということがエルサレムの教会会議で承認され、ペテロにユダヤ人への福音が委ねられたように、パウロに異邦人への福音が託されたことも認められ、エルサレム教会の柱ともあがめられていた長老ヤコブとペテロとヨハネが、パウロに友好の手を差し伸べてくれた、と語りました。

ガラテヤの人々が、パウロの使徒職を認め、彼から受けた福音を確信を持って信じることを願うパウロの熱い思いが伝わってきます。


彼は、ペテロがアンティオキア教会に来た時、異邦人クリスチャンとも食事を共にしたのに、エルサレムからの人々が来ると、異邦人から身を引くようになったのを見て、公開の席で、彼の守備一貫しない行動を非難しました。人間的権威を恐れない、パウロの面目躍如というところでしょうか。

それよりも、あくまでも信仰の純粋さを守ろうとした彼の福音に対する熱心さのゆえ、と受け取りたいと思います。彼は、若い時から律法を守ることに熱心であっただけに、そこに救いはなく、ただイエス様を信じる信仰によってのみ救われることを体験的にも確信していたのでしょう。今は律法によって自分は死にイエス様が自分の中に生きておられる、と確信を持って告白できた彼はなんと幸いな信仰者でしょうか。



コメント


bottom of page