top of page

ローマ人への手紙8章25節

  • 執筆者の写真: Gates to Devotion
    Gates to Devotion
  • 2023年8月7日
  • 読了時間: 2分

もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、私たちは、忍耐を持って熱心に待ちます。


*******


この真理を正しく教えられたとしても、すぐに習得することができません。正しく宣べ伝えられたとしても、なかなか信じることはできません。ここにあるように忠告されたとしても、容易に従い得ません。言うのは優しいのですが、実行は困難なのです。祝福された希望と、きたるべき永遠の国とその嗣業を待ち望み、その確信を持ちながら、地上の生活とほとんど無関係な歩みをしている人はあまりいないからです。この過ぎゆく世を、色眼鏡をかけて見、それに反して、永遠のいのちをはっきりと見開いた目で見る人はほとんどいません。


悲しいことに、祝福された希望と天の嗣業は、あまりにたやすく忘れられ、代わりに、過ぎゆくこの世と地上の世界はよく覚えられているのです。移り変わるこの世は、絶えず目の前にあります。私たちはそれについて考え、心配し、それを喜びます。しかし、永遠のいのちには背を向けてしまいます。昼も夜も、私たちはこの地上の生活を追い求めています。しかし、永遠のいのちは風に吹き飛ばしてしまうのです。


このような状態は、キリスト者にとって決して正しいものではありません。むしろ反対の態度をとらなければなりません。キリスト者は、この一時の生涯を、目を閉じるか、あるいは瞬きをしてみるようにしなければいけません。未来の永遠の生活に対しては、輝く光のもとに大きく開いて目で見なければなりません。

この地上の生活のためには左手だけで充分です。右手と魂と全精神は、きたるべき世、すなわち天にあって、確かな希望と喜びの心を持ち、いつもそれを待ち望まなければなりません。




コメント


bottom of page