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詩編145編15節

  • 執筆者の写真: Gates to Devotion
    Gates to Devotion
  • 2023年11月3日
  • 読了時間: 2分

すべての目は、あなたを待ち望んでいます。あなたは時にかなって、彼らに食物を与えられます。


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ここで注目したいのは、どの獣も食物のために仕事をしていないのに、それぞれが独自の務めを持ち、それに従って食物を見いだすということです。鳥は歌い、飛び、巣を作り、若鳥を育てます。それが鳥の仕事です。しかし、その仕事が、鳥に食物を与えるのではありません。牛は耕し、馬は荷を負い、戦場に出かけます。羊は毛を産出します。それが彼らの仕事です。しかしそれによって彼らは生きているのではありません。地が草を育て、神の祝福のもとに彼らに食物を与えているのです。


同じように人間も仕事をしなければなりません。しかし、食物を与えてくれるのはその仕事ではなく、別のお方であることを知らねばなりません。食物を与えるのは自分の仕事のように見えますが、実際は神の祝福によるのです。神は仕事をしない者には何も与えないので、一見先のように見えます。蒔くことも刈ることもしない鳥も、実際に食物を捜し求めなければ、飢えて死んでしまうのと同じです。しかし食物を見つけられるのは、自分の働きによるのではなく、神の慈なのです。鳥が見いだす食物を備えるのは神だからです。神が備えてくださらなければ、世界が捜し求め、たとえ死ぬまで仕事をしても、それを見いだす事はできません。


この事実を私たちは自分の目で見、手で触れています。しかしながら、信じません。神が助け主であり、守り手でなければ、たとえ一万の鍵でしまっておいても安全ではありません。風に吹きさられて、誰もその行方を知らないということになるでしょう。




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