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エペソ人への手紙1章23節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 4月13日
  • 読了時間: 2分

この教会はキリストのからだであって、すべてのものを、すべてのもののうちに満たしているかたが、満ちみちているものに、ほかならない。


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教会は、キリストを頭(かしら)とするキリストの身体(からだ)である。その身体は、一つの教会に召し集められた私たちひとりひとりによって成り立つ。これまで何度も礼拝において話してきたことを思い出してほしい。私が「イエスは私の主である、救い主であり、神である」と信じ、口でそう言い表わした時に、私の心に聖霊が宿ったのである。聖霊が宿ったということは、神の命が私のうちに宿ったのである。信仰を告白した人は正真正銘神の子とされたのである。なぜなら、神の子としての命がその人のうちに宿っているからである。命によってつながれた以上、何ものも切り離すことができない、神の子として身分をだれも奪うことはできない。そのように神に命によってつながれたものは、神によって一つの教会に召し出された(呼び集められた)兄弟姉妹と同じ神の命によってつなげられたのである。「イエスを主である」と告白した私たちが、イエスを主として従ってゆく時に、一つの身体となって連係し、教会の使命を果たし、神のみわざをなしてゆくのである。そして、キリストがあらゆることに間に合い、すべてのものを満たすように、教会もあらゆる問題に対して間に合って対処し、必要なものは備えられてゆくのである。私たちはキリストによってひとつとせられ、心を合わせて祈り、心思いをひとつにしてゆく時に、そこに主のみわざがなされてゆくのである。



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