エペソ人への手紙1章4節
- Pastor

- 4月7日
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みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、
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ここには、神が私を選ばれたということが書かれてある。私がどのようにして初めて教会を訪れ、主イエス・キリストを信じるようになったのかをふり返りたい。友人に誘われ・・・クリスチャン家庭に生れたから・・・誰にも誘われず、自らの意志で教会の扉をたたき・・・いずれにしても、み言葉は、神が私を愛するという理由から、愛のうちに私を選ばれたと告げている。神の意志によって選ばれたということであれば、私の歩みの中で神が眉をひそめるようなことをしでかしてしまったとしても、決して変更されることがない。
さらにここには驚くべきことが書かれている。「天地の造られる前から」とある。「天地」とは、この地球のみならず全宇宙をさしている。その万物を創造された神が、ちりにも等しい私に心をとめ、愛を注ぎ、選んでくださったのである。そして、その選びは、天地万物を創造される以前から、私というものが造られることが定められ、選ばれていたというのである。気の遠くなるような話である。私が教会に通い、その後、行ったり行かなかったりしながらも、牧師や教会の人たちから祈られ励まされて、ある日、講壇から語られたみ言葉が、あたかも私独りに語られたかのように心に響いて、自らの罪を言い表わし、イエス・キリストを心にお迎えして神の御救いにあずかった。それが天地創造の以前から定められてあったというのである。私は救われてもなお罪あやまちを犯す。しかし、それによってその都度救いが変更されることはない。天地創造以前から救いは定められていたからである。
この神のあわれみと神の選びを信頼しつづけてゆくならきっと、私はきよいキリストの姿に近づけられ変えられてゆく。






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