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エペソ人への手紙4章1節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 7 日前
  • 読了時間: 1分

さて、主にある囚人であるわたしは、あなたがたに勧める。あなたがたが召されたその召しにふさわしく歩き、...


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私たちキリスト者は誰でも、主によって召されている。キリストを信じ、罪と死から贖われ救い出されたものは、主によって召されたのである。「召される」、すなわち「召命」とは、主に呼び出されてミッション(仕事)を託されることである。


私にとっての救いは、罪赦されて死から救われたということだけではなかった。私にとってもう一つの救いはこの「召される」ということにあった。つまり、私は何のために生きるのか、生きる目的を見いだすことができたということが、私にとってもう一つの大いなる救いだったのである。十代の頃に、何のために生きるのかわからない、それが耐えがたい苦悩だった。そこから救われたのである。私を愛し私を救ってくださった主なる神の栄光のために、与えられた命を燃焼することができる、これほどの幸いはなかったのである。



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