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ガラテヤ人への手紙2章21節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年10月21日
  • 読了時間: 1分

わたしは、神の恵みを無にはしない。もし、義が律法によって得られるとすれば、キリストの死はむだであったことになる。


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私が救われたのは、何か神に喜ばれるような善行を行ったからではない。何一つ神に喜ばれるようなことをして来なかった私である。私が救われたのは、その私が自分の心のうちにある罪を認めて、キリストの十字架を仰ぎ、「私のために主は死なれたのだ」と信じたからである。私たちはただキリストの十字架の贖(あがな)いを信じて救われたという、信仰の原点にとどまらなければならない。私が救われたのは、礼拝に欠かさずに行っていたから、献金しているから、他人に親切であったからと言って、神の恵みを無にし、キリストの死を無駄にしてはならない。




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