ガラテヤ人への手紙5章6節
- Pastor

- 2024年10月28日
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キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。尊いたのは、愛によって働く信仰だけである。
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「愛によって働く信仰」とは、主の愛を原動力として信仰生活を送ることである。私たちは、主イエス・キリストから離れて何事もすることができない(ヨハネ15:5)。主から愛といのちの注ぎを受けなければ、キリスト者としての歩みはない。信仰生活が行き詰まり、重荷となるのは、自分の力で信仰生活を送ろうとするからである
信仰は努力ではない。大切なのは、いつも主の愛といのちに満ちていることである。そのために、礼拝に集い、主との交わり、主と共に過ごす時間を絶やさないことである。そのための努力は惜しまない。私たちが一生かけてする仕事は、主が私たちをどんなに愛しておられるかを知ることである。






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