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コロサイ人への手紙3章3節をいただいて

  • 執筆者の写真: 来主 珠里(July Cross)
    来主 珠里(July Cross)
  • 2023年1月17日
  • 読了時間: 4分

今日のデボーション箇所では、知識も行いも、様々な人間が引き起こす問題は解決できないということに触れています。グノーシス主義とジュダイザーズの間にあって、パウロはその論争を解決しようとしている場です。要するに、知識が人をクリスチャンにするのか、行いが人をクリスチャンをするのかというわけですが、パウロはどちらも違う、キリストと一つになってこそ真のクリスチャンだと示されます。


聖霊の働きに敏感な私は、毎回ではありませんが、よく聖霊の導きを察知できることが多いタイプです。聖霊とツーカーの仲…とはっきり言ってよいと思います。


先日、こんなことがありました。

私のワーク先である教育現場には、若い方からベテランの方まで、多くの有資格者がおられます。また、多くの教育現場の経験者がおられます。この方たちは、子供をプロとして扱い、教育する方たちですから、教育業界や子供に関しての知識も行いも素晴らしい方が多いです。


ある時、ある女の子のことが問題になりました。何が問題になったかと申しますと、先生や友達への言葉使いがよろしくないというわけです。私はどのお子様かと最初は分かりませんでした。けれど、間もなく、どの女の子かが分かりました。

私が帰り際、ある女の子が男の子たちとおりました。男の子たちはとんできて、私に元気に「先生、帰るの?」と話しかけました。私は「そうよ、またね!」と男の子たちに、そして一緒にいたその女の子に言いました。すると、その女の子は「さっさと帰れよっ!!」と口元を曲げて、まるで昭和のドラマの不良娘のようにドスのきいた声で怒鳴りました。小さな女の子とは思えないその言葉に私は一瞬びっくりしましたが、それと同時に、女の子の家庭背景と女の子の心の隙間風が見えた気がしました。

とりあえず私は女の子に「その言葉の言い方はだめですよ」と注意をし、その場を去りました。


そんなことがあった次の日、再び、先生方の間でその女の子のことが話題になりました。先生方は、その女の子がシングルマザーの子供であること、月曜から土曜までの朝から晩まで教育福祉施設に預けられっぱなしであること、母親はじめ家族は子供にほぼ無関心な状態であることをあげ、手に負えないと嘆き、注意し続けなければ女の子は直らないとおっしゃられ、最後には女の子自身を悪く言われる方もおられました。そして、女の子が悪い言葉や態度だったら上司に報告したほうがいいと。


けれど、私の内なる聖霊は、「ノー」と言われました。内なるイエス様が「私はそうしません」とはっきり言った気がしたのです。私はキリストの手紙でなければなりません。

それで、私は先生方に言いました、「上に報告してもあの子の態度は解決はしないと思います。先生方に今までも叱られてきていて、尚且つ、また私の件で叱られて、あの子にとって周りの人みんなが敵になってしまいます。そういう家庭環境でしたら、あの子の言葉使いは、あの子なりの愛の欲求の赤信号です。あの子は加害者ではなく、大人による被害者だと思います。」

先生方は私がクリスチャンだとご存知です。不思議なことに、先生方は私のその言葉というよりは、何か目に見えないものに納得させられたように「確かにそうですよね…」とお応えになられ、口を噤まれました。

知識も行いも先生方は素晴らしいものをお持ちです。けれど、人間の判断には限界があるのです。内なるイエス様の御霊と一体化する時、「肉」に支配されずに真実の道だけを示していただけるように思います。


その帰り、私はまたその女の子に出くわしました。

私は声もかけずに、そっとしておいてあげようと思いました。

すると、女の子のほうから恐々と私に近づいてきて「先生…帰る…の?」と訊いてきました。私に悪い言葉を吐いたことを後悔しているようでした。

私は笑顔で「そうよ、また明日会いましょうね」と返しました。

女の子はもじもじしながら、「あのね、先生、私ね、歯が今ね、グラグラしてるの。」と乳歯のグラグラ加減を私に見せました。女の子のかまってほしい心が見え隠れします。抜けかける歯も「あ、そっ」で済まされてしまう家庭環境なのかもしれません。

私は「あら、すごい、もう大人になるのね。あなたなら素敵な大人になれる、でもそのためにはきちんとした言葉を使えるといいね」と伝えました。女の子は静かに頷きました…。


子供も、大人も、神様の愛だけが人を良い方向へと変えていくのだと思います。




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