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テモテへの第一の手紙6章6節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2月26日
  • 読了時間: 1分

しかし、信心があって足ることを知るのは、大きな利得である。


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このみ言葉のとおりである。主イエス・キリストをとおして神と和解し、神との交わりの中に入れられることによって得られた尊い恵みは、「足ることを知る」ことができたことである。主と共に歩む時に、必要なものはすべて備えられる。その与えられたものに感謝する。多くを持たなくとも満ち足りている。多く持っているキリスト者もいる。それはその必要があって神から与えられたものであり、正しく管理する能力も神から与えられているからである。管理が危うくなって、金銭に振り回され、信仰さえ失いそうになったなら、多くの富から離れることも考えなければならない。永遠の命にはかえられないからである。


パウロは言う。「わたしは乏しいから、こう言うのではない。わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ。わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている」(ピリピ4:11-12)。


そのような成熟をめざしたい。



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