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ペトロの第二の手紙3章8節

  • 執筆者の写真: Gates to Devotion
    Gates to Devotion
  • 2023年9月29日
  • 読了時間: 2分

主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。


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たとえ私たちが「イエス・キリストという土台」以外に基礎を置かず、「神の恵みにより無償で義とされる」ことを堅持していたとしても、悪魔は「木の良し悪しは、その結ぶ実で分かる。あなたは義の実を持っているのですか。あなたの心はイエス・キリストの心と一致していますか。あなたは罪に死に義に生きていますか」と問うでしょう。


そのときには、私たちは心や魂に私たちが感じる小さな実と比較して、約束のすばらしさを考えてしまい、「確かに神は私の罪は赦されたと語られませんでした。私は罪の赦しを受け取っていません。清められた者にはどのような割り当てがあるのでしょう」と結論せざるを得ないように仕向けられるのです。


しかし、「私は神の前に、信仰によって神の義を受け取ります」という言葉をあなたの首にくくりつけ、あなたの心に記しなさい。自分の独り子を与えるほどにこの世を愛してくださったがゆえに、だれも滅びないで永遠の命を持つことができる神の自由な恵みをより尊敬しなさい。神の平安は、山のような不信仰があったとしても溢れるものです。それは、神がいつの日か来てくださり、あなたがたの心を支配されるときに明白になるのです。主はあなたの魂においてなされるべき業を成し遂げる時を逃されません。それゆえに、主に求め、主を信頼しなさい。なぜならば、主はあなたから良きものを決して引き離されないからです。




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