マタイによる福音書6章30節をいただいて
- 来主 珠里(July Cross)

- 2023年6月11日
- 読了時間: 2分
今日は、主日の礼拝説教からデボーションさせていただいた。
今日の箇所からまず思ったことは、神はこの世に何一つ無駄なものはお造りにならなかったのだということだ。
ドクダミというのは本当にやっかいな植物だ。すべてドクダミが栄養を吸い上げてしまうため、この植物があるところ、人の目に麗しいと思われる植物が育たない。薬草臭さが強く、根を横に横に…と伸ばすため、引っこ抜くと蔓状の根が連続で抜けてくる。どこまでも強くはびこるのだ。しかも、彼らのシーズンは、梅雨時~夏にかけてはびこるため、ドクダミの雑草抜きは蒸し暑い時期にやらざるを得ない。
とにかく、色々な意味で、麗しくない植物である。
けれど、神はこの強くやっかいな植物を創造された。何故だろうか。
先生が語られるように、この植物は「雑草」ではなく、「薬草」だからだ。
神は、そのひとり子を十字架にかけるほどに私たち人間を愛された。
誰のためにドクダミを創造されたかというと、私たち人間のために創造されたのだ。
ドクダミは天然の殺菌作用がある。
私たちの体が健康であるように神は造られたに違いない。
また、ドクダミは道端のどこにでも群生している。
金持ちであろうが、貧乏人であろうが、分け隔てなくこの薬草を無料で手に入れられるように神が計らってくださったに違いない。すべての人々を愛している神の愛の計らいのように思う。
そして、ドクダミのその根の強さにも注目した。
人目にさらされない見えない土の下で、その根はどんどん横に伸びていき、その先々で花を咲かせる。
自分の信仰もそのようでありたいとつくづく思う。
神を常に求めて、どんどん神に思いを伸ばしているうちに、人生の先々で想像もしなかった恵みの花が咲く。何となくやっていたことが他者のためになっていたり、恐ろしくて手も出せなかったことがいつの間にか快いものになっていたり、衝動的に動いたことが大きな人生の柱になったり…。
ドクダミの根の強さのように、「神を求め続ける」という強ささえあれば、根は太くなり、白い人生の花がどんどん群生するようになると思う。それも薬草のように意味のある花だ。
神はまことに全能の御方である。神への感謝は本当に尽きない。






コメント