マタイによる福音書7章13-14節をいただいて
- 来主 珠里(July Cross)

- 2023年8月4日
- 読了時間: 4分
今日のデボーションの内容はとても分かりやすく、そしてキリスト者の在り方について大きく触れている箇所だと思う。
私は5歳から15年ほど和琴を習っていた。肉親を知らない私が、習い事をしている他の家のお子様と差が出ないようにと養父母の意向で習わされていた。〝習わされていた〟、つまり自主的ではなかったので、決して楽しいものではなかった。まして、和芸の道の師匠は恐ろしいほど厳しく、型にはまっているので、小さな子供には苦痛でしかなかった。師匠は現在も語り継がれる琴の大家(たいか)であり、子供は一切教えないと決められていたのだが、私は例外として受け入れられていた。学業が忙しくなったのと同時に、最年少で免許皆伝を得たことをきっかけに辞めた時は、正直いってホッとした。自由を得た気がして嬉しかった。しかし、和のものとはいえ、この時、弦楽器に触れたことで、今はギターという一生の楽しみを得た。ギターで一角の人になるつもりはないが、「何時間も練習する」という音楽に対する忍耐力もついた。
さて、話は逸れたが、この琴を習っていた師匠のご自宅は、すべてが〝和〟だった。琴の稽古室から何から何まで和室であり、師匠の旦那様が大手の和服店の経営者であったこともあって、洋服をお召しになっている姿は一度も見たことがなかったほどである。
稽古前は必ず30分前に控え室で待機していなければならない。ギリギリで駆けつけて琴を弾くなどもってのほかで、そういう者は波紋であった。
その控え室とされていたところが茶室であった。当然、出入口は躙口だった。
まるで御伽噺の部屋への入口のようで、子供のうちは控え室に入る瞬間が楽しかったものが、小学校中学年以降になると、体も大きくなってきているので、「なんでこんな小さな入口なのかしら」と頭を下げて入らなければならない躙口にいらついたこともあった。
利休がそういった山上の説教からヒントを得たことで生まれた躙口…そう知ると、当時、いらついた子供の自分を思い出す。そして、子供といえども、そこには「高ぶり」という罪がぴったりとくっついて自分に存在していたこともよく分かる。
小学校低学年の頃、閻魔大王の話をよく本で読んだ。子供の頃から生死観に思いを注いでいた。冥土の旅の終着点には閻魔大王が座っていて、生前の罪を問われるという話だ。そして、刑務所の入るような罪を犯していない大抵の一般人は、天国か地獄かなどと閻魔大王から振り分けられることはなく、閻魔大王から「ここに様々な大きさや色の鳥居があるから、好きなものを選んで入りなさい」と言われるのだそうだ。つまり、〝門〟が登場する。生前の罪の償いは、自分で選んだ鳥居でその先が決まるというわけである。キリスト教にはない因果応報である。
普通に考えて、小さな鳥居を選べば地獄行きかもしれないと恐れるだろう。「小さな鳥居(門)」というだけでもかなりの恐怖感をそそるのだから。ゆえに、イエス様も言われるように、「広々とした門から入る者は多い」。
でも、ふと今日のデボーション箇所から思った、広々とした門から入るのは、小さな門の先にある地獄を連想し、恐れるだけではなく、背負っているものがある者、つまり、イエス様が仰られる「すべての持ち物を捨てなければならない」を出来ていない者が広々とした門を選ぶのではなかろうか。なぜなら、持ち物が多ければ多いほど、門を通ることが出来ないからだ。大きなリュックを背負ったまま躙口を通ることは出来ない。大きなリュックを外に置いて、体だけにならなければ狭い躙口を入ることはできない。リュックを背負って入りたければ、広い門を選ぶしかない。
けれど、そのリュックの中身が、罪や地上生涯で得たものだとしたら、門をくぐった後、その重さに耐えかねて倒れるか、その重さゆえの償いを自ら永久にしなければならないかもしれない。
信仰生活の間には「リュックは背負っておいたほうが安全だよ、非常用リュックみたいにね」と誘惑する悪魔も同時に存在する。
人間は何かと〝委ね下手〟である。自分で何とかしなくちゃ、それが神に褒められる自分だと思う。
けれど、それでは大きな門からでしか入ることが出来なくなる。
キリスト者には主イエス様がついておられる。イエス様が非常用リュックになってくださる。しかも重さのないリュックである。
だから、罪という名の自分のリュックは、否が応でもイエス様が降ろしてくださり、躙口の外に置いてくださる。
裸の体のままで小さな躙口を堂々とくぐります、と神に語る本日である。






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