マルコによる福音書13章35節
- Pastor

- 2025年7月30日
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だから、目をさましていなさい。いつ、家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、にわとりの鳴くころか、明け方か、わからないからである。
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弟子たちは壮麗な神殿を見て驚嘆した。主イエスはその傍らでその崩壊の時を予告された。側近のペテロらが不安げな顔で、いつそのようなことが起こるのか? その前兆は? と密かに尋ねた。これは歴史的には、AD70年のティトスの率いるローマ軍のエルサレム襲撃・陥落をさすが、主は彼らの問いに応えて、終末と再臨について語られた。偽キリストの出現。戦争・民族対立。相次ぐ地震。皇帝礼拝の強要。さらに天体の異変。これらの出来事が世の終わりに起こることであり、その後にキリストの再臨がある。しかし、それはいつであるかわからない。だから、いつも目をさましていなさいと主は言われた。ここから三つのメッセージを伝える。
(1)人が造ったものはいつか古びて壊れ、失われてゆく。だから、天地は滅びても変わることのない神のみことばをよりどころとして生きてゆくのである。
(2)キリスト者は迫害を受けるが、そのことによって福音はかえって広められることとなる。恐れるにはおよばない。ここぞという時に、大切なことは聖霊が語らせて下さる。
(3)主の再臨の日は確実であるが、いつかは誰も知らない。死も同じである。死は忌避すべきものと思われているが、死期を迎えその日が近づくと、人は本来の姿にかえってゆく。
現代人は時間に追われて仕事や生活することが忙しく、人として何が大切なものであるかが見失われている。目をさますとは、人として大切なことに明らかにされ、それに励み、それを果すことである。






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