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マルコによる福音書14章70-72節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年8月6日
  • 読了時間: 2分

ペテロは再びそれを打ち消した。しばらくして、そばに立っていた人たちがまたペテロに言った、「確かにあなたは彼らの仲間だ。あなたもガリラヤ人だから」。しかし、彼は、「あなたがたの話しているその人のことは何も知らない」と言い張って、激しく誓いはじめた。するとすぐ、にわとりが二度目に鳴いた。ペテロは、「にわとりが二度鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われたイエスの言葉を思い出し、そして思いかえして泣きつづけた。


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ペテロは、主イエスが予告されたとおり、にわとりが二度鳴く前に三度主を否んだ。ペテロはその場を離れ、主を裏切った自分の不甲斐なさに激しく泣いた。しかし、この悔恨の涙があったからこそ、ペテロは主のもとを離れず、立ち返ることができたのである。第二コリント7:10に次のようにある。「神のみこころに添うた悲しみは、悔いのない救を得させる悔改めに導き、この世の悲しみは死をきたらせる」。ルカによる福音書によれば、三度否んだ時、主はふり返ってペテロを見つめられた。 その眼差しは赦しとあわれみそのものであった。 「あなたの信仰がなくならないように祈った」と言われた主の言葉(ルカ22:32)も想い起こされたのであろう。 彼は救いに至る回心に導かれたのである。


十字架にかかられた主イエスに心と目を注ぐならば、赦されない罪はない、どんな取り返しのつかない罪を犯してもやり直せる。


われわれの神に帰れ、主は豊かにゆるしを与えられる。(イザヤ55:7)



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