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マルコによる福音書14章8節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年8月1日
  • 読了時間: 1分

この女はできる限りの事をしたのだ。すなわち、わたしのからだに油を注いで、あらかじめ葬りの用意をしてくれたのである。


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この女性は、ベタニヤのマリヤであると言われる(ヨハネ12章)。マリヤとその姉マルタはよく比較対照されるが、マリヤは、姉マルタが「動の人」であるのに対して「静の人」であった。彼女は主の足もとにひざまずき、主のみことばを聴く人であった。ただ聴いていたのではない。主の語られる表情、語調から主の心を感じ取り、主の十字架、主の死期が近づいていることを感知し悟ったのである。


十二使徒は三年半、主と寝食を共にし、いよいよ受難の日が迫って、主の十字架と復活の予告を何度も聞いていたのにもかかわらず、主の時、主の心を察することはなかった。そればかりか、主の行く手の前に立ちはだかり、十字架の道を閉ざそうとさえしたのである。


マリヤは主の時と主の心を知るや否や、犠牲を惜しまず大胆に行動した。真の行動力は主の前に静まる人のうちに生れる。


「静まって、われの神たるを知れ」(詩篇46:10)。聖書を読む時、世の喧騒を離れて心静め、文字を超えて主の生きた御声に耳を傾けたい。どのような時にどのような思いで主は語っておられるのか? マリヤのようにつぶさに知る者でありたい。



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