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ヨエル書2章28-29、32節をいただいて

  • 執筆者の写真: 来主 珠里(July Cross)
    来主 珠里(July Cross)
  • 2024年7月10日
  • 読了時間: 2分

今日は聖霊の学びをいただいた。


先日、サンデースクールで私が担当したのは、丁度ペンテコステの日であったこともあって、聖霊降臨のお話を子供たちにさせていただいた。

聖霊の存在を伝えることほど難しいものはないと思った。キリストの話であれば、肉体をもった御方だから誰にでも想像しやすいが、こと、聖霊となると、大抵の人は幽霊と寸分違わないと想像してしまうだろう。

子供たちも不思議そうな顔をして聞いていたのが印象的だった。


旧約聖書は外的な契約の宝庫であると思うが、その外的な契約の中に、静かに聖霊の存在が腰を据えていると学んだ。

聖霊降臨といえば、内的契約の一つであるから、それが旧約の中にしっかり据えられているということは、正に聖書は初めから終わりまでひとりの神が人々を愛し貫いている証拠でもあると思う。


そして、神が人間を愛しているゆえにくださった賜物は、すべての人に平等に与えられているという、なんと嬉しい知らせ、Good Newsであろうかと思う。

地上では絶対にあり得ないであろう〝平等〟を天の御方は当たり前のようにくださり、私たち人間をそう扱ってくださるのだ。


だから、聖霊が「Yes」と言ったら、心のどこかがときめく。「やってごらん」と囁いてくださる。その物事に対して賜物があるかは自分では分からないけれど、何もやらなければ賜物がそこにあるかどうかも分からないまま。

いつでもどんなときでも聖霊と手を取って歩むものでいようと思う。




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