ヨハネによる福音書3章12節をいただいて
- 来主 珠里(July Cross)

- 2023年1月18日
- 読了時間: 2分
疑いのない心があることは本当に幸せなことだと思います。素直に信じることができるゆえに、他者のために執り成しの祈りができる筆者はなんと豊かな心の持ち主かと思います。
母が「聖書の人物が皆、長生きなのは本当のことかしら」と言いました。すると、父が「単なる物語だろう」と応えました。いろいろなやりとりをした後で、両親は「聖書の登場人物の長生きはあるわけないだろうと思うけれど、信じなきゃいけないんだよね」というところで、ふたりの話が落ち着きました。
現代の私たちは、生物学的にいえば120歳まで生きられるのだと聞いたことがあります。それ以降の人間の細胞は機能しなくなるのだと。
聖書の登場人物が長生きなのは、現代のように汚染された環境もなく、素朴な食事をしていたからだとか、年齢の数の数え方が現代とは異なっていたからだとか、諸説あるようです。
でも、私は、登場人物たちは、聖書に書かれている年数を生きたのだと思っています。なぜなら、神様にはできないことは何一つないからです。人を生かすも殺すも神様にとっては難しい仕事ではないからです。だから〝全能の神〟なのではないでしょうか。
それに、もし神様の長寿の御業を信じなかったら、イエス様の様々な奇跡や黙示録の預言は信じる価値があるのでしょうか。その上、神様が長寿にされた御業をしたのか、そうでないのかなど、ちっぽけな私たち人間に神様の御業を吟味する資格があるのでしょうか。
未来は過去の積み重ねです。過去が正しくなければ、未来も正しくないものになるように思ったりします。逆に、神において過去が真実なら、未来も真実なはずです。
まだ分からない未来でありながら、キリスト者は天の御国を信じます。それは真実だからです。よって未来が真実ならば、登場人物の長寿も含めて神様がなされた過去も真実だったと私は信じています。
人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである。
マルコ10:27
何でもおできになる神様がしっかりついてくださっているということは、キリスト者である私も神様のすべてにしっかりつかなくてはならないということであり、それが「信じる」ということであるように思います。神様において信じたことは、すべて現実になります。未来には永遠のいのちという現実が待っています。
家族や私にその希望をくださる神様に感謝したく思います。






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