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ローマの信徒への手紙6章4節

  • 執筆者の写真: Gates to Devotion
    Gates to Devotion
  • 2022年7月18日
  • 読了時間: 2分

更新日:2022年12月8日

私たちは、洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかる者となりました。それは、キリストが父の栄光によって死者の中から復活させられたように、私たちも新しい命に生きるためなのです。


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洗礼という特別な瞬間を味わう時、私たちは“こころ新た”になります。

これから神との新しい交わりがあることに喜びを見出したり、神に罪ある自分を赦し受け入れていただいたことに感謝が湧いたりします。

けれど、教会に通い、信仰生活が進むにつれ、それが日常を越えてしまう時、私たちは“こころ古く”なっていってしまうことがあります。神が傍におられるが当たり前のようになってしまうのです。

神はそんな私たちをどのようにご覧になるでしょうか。


イエスの死と復活は、そんな私たちの“こころ古さ“に”新しい洗礼”を日々与えてくださいます。それは心に新しく入り込むまだ知らない聖書のみことばとの出会いからであったり、新しく行なう教会奉仕からであったり、まだ会話を交わしたことのない兄弟姉妹との新しい交わりからであったりします。そういった新たに与えられる物事や出会いから、私たちは昨日までの古い自分に死のような別れを告げ、今日新しい自分になって生きるのです。

日々、神を思い、日々、新しい自分を生きましょう。


だから、私たちは落胆しません。私たちの外なる人が朽ちるとしても、私たちの内なる人は日々、新たにされています。

第二コリント4:16






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