ローマの信徒への手紙6章4節をいただいて
- 来主 珠里(July Cross)

- 2023年2月15日
- 読了時間: 2分
今日のデボーション箇所には笑ってしまいました。
けれど、「真剣」と「深刻」は違うものであり、ゆとりをもって信仰生活を送る――その通りだと思います。
この筆者であられる牧師先生はすでに召天されておられますが、素晴らしいメッセージを残してくださったとつくづく思います。
私が受洗して間もない頃、今は陰退された牧師先生に「あまり無理して走り過ぎないように。息が切れちゃうよ」と忠告されたことがあります。
その頃、教会生活に深刻に一生懸命になることが信徒として素晴らしい姿だと勝手に思っていたので、あれやこれやと御奉仕をしていました。そして、先生の仰られる通り、途中で息が切れてしまい、放り出してしまった御奉仕がありました。
今現在もあれやこれやと御奉仕をしていますが、自分のこなせる範囲で楽しくやっています。他者の目から見ると、多くやり過ぎに見えるときもあるかもしれませんが、私には今くらいの分量が神様と繋がっていることをしっかり自覚しながらできるので幸せな御奉仕の仕方をしています。
そのように今なれているのも、過去に息が切れた経験があるからかもしれません。真剣には御奉仕しても、深刻に必死になってはだめだと神様が教えてくださったように思います。
どんな物事にも、天井板の節穴を数える余裕を持てるキリスト者となりたく思います。






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