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ローマ人への手紙10章14-15節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年7月17日
  • 読了時間: 1分

しかし、信じたことのない者を、どうして呼び求めることがあろうか。聞いたことのない者を、どうして信じることがあろうか。宣べ伝える者がいなくては、どうして聞くことがあろうか。つかわされなくては、どうして宣べ伝えることがあろうか。「ああ、麗しいかな、良きおとずれを告げる者の足は」と書いてあるとおりである。


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麗しいのは、風にたなびくしなやかな長い髪ではなく、やさしい微笑みではなく、土ぼこりで汚れた足である。パウロの時代は、ローマの街道をひたすら歩いて福音を伝えた。いのちを与える救いの福音であればこそ、伝える者の足は麗しいのである。聞いたことのない救い主をどうして信じることができよう。宣べ伝えることがなくて、どうして聞くことができよう。遣わされなくて、どうして宣べ伝えることができよう。私は、このみ言葉を18歳の時に聴いて、「私がここにおります。私を遣わしてください」と応答し、それから紆余曲折はあったが、伝道者に導かれたのである。キリストの福音を今も待ち望む人たちが大勢いる。遣わされる者となりたい。




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