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ローマ人への手紙11章22節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年7月19日
  • 読了時間: 2分

神の慈愛と峻厳とを見よ。


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神の救いのご計画は、一民族であるイスラエル人から始まって、全世界、全人類に及んでゆくものであった。それは具体的にどのようにしてなされたか? イスラエル人の「違反」(11-12節)によってである。イスラエル人は几帳面に律法を守りはしたが、心は、裏腹に神から遠く離れていた。神の民として結ばれた神との契約をないがしろにして神に背き、挙句の果ては、神が遣わされた救い主を十字架につけたのである。救いの福音は、パウロの宣教によって全世界に広まり、救いは異邦人に及んだのである。さらに、神の救いがイスラエル人から異邦人に移ってしまった現実を見させて、神は、イスラエル人に妬みをひき起こさせる。それによってもう一度、イスラエルの民を真の神に立ち返るように奮起させるというのである。


「神の慈愛と峻厳とを見よ」。インパクトのある訳である。これが私たちに対する神のメッセージである。私たちが信じている神は、慈愛であり峻厳である。神の峻厳を語ることなくして、神の慈愛を語ることはできない。「(神の愛は)不正を喜ばずに、真理を喜ぶ」(第一コリント13:6)である。神の愛は常に神の義と結びついている。義に裏うちされている愛である。神は人の罪を明るみに出し徹底してさばく。それが神の峻厳である。しかし、聖霊によって罪を諭されて、真実に悔い改める者に対しては全き赦しを与えられる。それが神の慈愛である。神の慈愛とあわれみにすがり、悔い改めて神に立ち返る者でありたい。




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