ローマ人への手紙14章1-4節
- Pastor

- 2024年8月2日
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信仰の弱い者を受けいれなさい。ただ、意見を批評するためであってはならない。ある人は、何を食べてもさしつかえないと信じているが、弱い人は野菜だけを食べる。食べる者は食べない者を軽んじてはならず、食べない者も食べる者をさばいてはならない。神は彼を受けいれて下さったのであるから。他人の僕をさばくあなたは、いったい、何者であるか。彼が立つのも倒れるのも、その主人によるのである。しかし、彼は立つようになる。主は彼を立たせることができるからである。
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ここに、旧約時代から守られてきた、食肉と宗教的祭日についての規定を守るべきかどうかという問題をめぐって、教会内で争いがあった。新約の時代となって、キリスト者は旧い律法の規定に縛られない自由が与えられているが、ユダヤ人からキリスト者となった人たちの中には、それらを守らないと信仰の良心にとがめを感じる者たちがいた。そこで、パウロはお互いの信仰を尊重し、さばかずに受け入れることを勧めたのである。
同じキリスト者であっても、ものの考え方や感じ方、性格や生き方が違うということを知らなければならない。そして大切なのは、その違い、個性を互いに否定したりさばいたりすることなく、受け入れることである。「他人の僕をさばくあなたは、いったい、何者であるか」(4節)。どんなに弱い者であっても、神は彼を立たせることができる。さばくとは、この人は変わりようがなく、救いようがないとして、神に見捨てられた者として烙印を押すことである。さばくことは神の地位に自らを置くことである。
自分が強い、優れていると言って他人を見下さすことなく、自分と全く違うからこそ他人を尊重、尊敬するものでありたい。全く違う個性を持つ人によって、自分の弱いところや欠けているところが補われている事実を知って、異なる個性の人を敬い、共に働く。そのような人が成熟したクリスチャン、そして、本当の意味で「信仰の強い人」である。






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