ローマ人への手紙9章2-3節
- Pastor

- 2024年7月6日
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すなわち、わたしに大きな悲しみがあり、わたしの心に絶えざる痛みがある。実際、わたしの兄弟、肉による同族のためなら、わたしのこの身がのろわれて、キリストから離されてもいとわない。
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大きな悲しみとは、自分自身に関わることではない。同国民のイスラエルの民についてである。彼らは神に選ばれた民であること、そのアイデンティティである律法の厳守にこだわるが故に、キリストの十字架による救い、行いによらず信仰によって救われるという神の恵みを知らないでいる・・・知ろうともしない。彼らの心の目が、神の愛と恵みに対して開かれて、このキリストの十字架による贖いを知るに至ってほしいと。そのためなら、この身が呪われて、キリストから切り離されてもよいと言って、同国民のために命がけでとりなしているのである。同じような思いをいだいた人物が旧約時代にもあった。モーセである。彼もまた同族のために、自分の名が命の書から消し去られてもよいと神に願ったのである。神の愛が注がれるなら、他者のために自らを顧みない神の愛が、私たちの心からあふれ出てくるのである。






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