民数記21章8節をいただいて
- 来主 珠里(July Cross)

- 2023年1月25日
- 読了時間: 2分
テクノロジーがあると様々なことができて、便利な世の中に本当になると思います。そういった人類の進歩も神様がくださったことだと思うと、なんと感謝のことだろうと思います。
そんなテクノロジーの中の一つとして、ボーカロイドという音楽の世界があります。簡単に言えば、人間が歌を歌うのではなく、音声合成技術によって人間の声に非常によく似た音を作り、その音に歌わせるというものです。
それは音程を外すこともなく、非常によく歌えているものですが、人間が元来持っている声の温かみや微妙な表現力は、やはり人の声にはかないません。
歌のレッスンへ行くと、様々な指導を先生からいただきます。その際、声のトーンの高さや響きの美しさなどを細部にわたって指導を受けます。これがなかなか思うようにいかないことが多いのですが、この努力や苦労が、後々の歌の表現力や美しさに反映していきます。どれだけテクノロジーが発達しても、神様が作られた人間の声帯には敵わないのです。
レッスン室には、木でできた素朴な十字架が飾ってあります。私が歌う目の前にその十字架が掲げてありますが、その十字架に向かって歌う時、私は神様と一体になります。それは口では表現ができない尊い感覚のものです。
わたしと共に主をたたえよ。
ひとつになって御名をあがめよう。
詩編34編4節
どんなに様々な技術が発達しても、人は技術と一体化するという事はできないと思います。むしろ技術に振り回されるようになってしまうかもしれません。
神様がくださる技術の進歩に感謝しつつ、神様の最高傑作である人間の温かみや喜びを忘れることがないようにしたく思います。






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