ローマ人への手紙14章8節
- Gates to Devotion

- 2025年9月4日
- 読了時間: 2分
生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。
*******
クリスチャンの社会生活上での基本姿勢を語ったパウロは、続けて、教会におけるクリスチャン同士の関わりにおいて、心を留めるべき大事なことを語ります。教会を混乱させる問題の中で最も多いのは、お互いの間のさばき合いです。
クリスチャンは、主に救われ、主のために生きようと思うものです。救われた当初、クリスチャンは主の愛に触れ、罪から救い出された喜びで、心が満たされ、すべてが感謝で、周りの人々にも感謝と喜びを持って接することができます。しかし、しばらく経って、その感動が薄れ、自分は主のためにきよく正しく生きるのだ、と努力するようになってくると、自分が正しいと思って、一生懸命に励んでいるのに、その基準を知らないのか無視しているのか、間違った道を歩んでいる人が気になり、彼をさばきの目を持ってみるようになります。その時、教会は混乱します。
そういう事態にならないように、パウロは、クリスチャンは自分のために生きることをやめ、主のために生きる者とされた者たちなのだ、とクリスチャンの本質を示し、そこから、彼を善しと見るか、間違っていると見るか、彼を生かすか殺すかも全て主の問題だ、それなのに、主を差し置いてあなたが彼を裁くのは、主の領域を犯すことだと戒め、それぞれは、自分が正しいと確信している仕方で、主のために生き、そうでないと見える兄弟たちにもつまずきを与えないように心がけ、その人の霊的成長を助け、平和を育てるようにせよと勧め、信仰の弱い人に対する正しい接し方を語りました。
お前はどうか、と問われているように思います。






コメント