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テモテへの第二の手紙4章16-17節
わたしの第一回の弁明の際には、わたしに味方をする者はひとりもなく、みなわたしを捨てて行った。どうか、彼らが、そのために責められることがないように。しかし、わたしが御言を余すところなく宣べ伝えて、すべての異邦人に聞かせるように、主はわたしを助け、力づけて下さった。そして、わたしは、ししの口から救い出されたのである。 ******* パウロには、頼りになる同伴者もいれば、同じ仲間から裏切られ苦しめられることもあった。それでも、そのことの故に、彼らが主に責められることがないように、パウロはとりなし祈っている。パウロの働きは決して独りでできるものではなかった。多く人たちの祈りと支えがあってなされてきたのである。それでも、どんなに信頼できる同伴者であっても、ついて行くことすらできない事もあった。そうした時には、主ご自身が傍らにあって、助け力づけられたのである。これは比喩かそれとも実際にあったことかは知れぬが、「ししの口から救い出された」とある。実際、ローマの闘技場に放たれたライオンの餌食にさらされそうになったことがあったのかもしれない。パウロの多くの信仰の

Pastor
3月13日


テモテへの第二の手紙4章7-8節
わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。 ******* 私たちには戦いがある。キリスト者としてこの世にあって生きる時に、少なからずこの世の軋轢(あつれき)があるからだ。主イエスは、「あなたがたは、この世では悩みがある」(ヨハネ16:33)と言っておられるが、そのことを指し示している。キリスト者であるばかりに悩むことがある。支払でおつりを多くもらってしまったことに気づき、返しに行く・・・など。しかし、戦いや悩みがあっても、私たちはそれを乗り越えることができる、なぜなら、ヨハネ16:33の後半部に「しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」と主は言われるからである。 そして、「走るべき行程」がある。同じ教会に通い、同じ信仰に立っていても、進むべき道、置かれている境遇は違う。私たちはどうしても他人と比べて

Pastor
3月12日


テモテへの第二の手紙4章1-2節
神のみまえと、生きている者と死んだ者とをさばくべきキリスト・イエスのみまえで、キリストの出現とその御国とを思い、おごそかに命じる。御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。 ******* 時が良くても悪くても、それにかかわらずみ言葉を宣べ伝えなさいという。それは主イエス・キリストが再び来臨する日、新しい天と地が創造され、私たちを招き入れる御国が用意され、招き入れられる日が近づいているからである。、わが身になされた救いのみわざを人を選ばず、時と場所を選ばず、語り伝えたい。おどすようにではなく、忍耐と寛大な心をもって、何としてもその人の心に届くように祈って、知恵を与えられて宣べ伝えたい。

Pastor
3月11日


テモテへの第二の手紙3章16-17節
聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。それによって、神の人が、あらゆる良いわざに対して十分な準備ができて、完全にととのえられた者になるのである。 ******* 「霊感」(inspiration)とは、聖書を執筆した原著者に特化した聖霊の働きである。それに対して、今日、私たちが聖書を読む時に、あるいは聖書から語られる説教を聴く時に与えられる聖霊の働きは、「照明」(illumination)という。聖書をとおして、主なる神は私たちの心に生きて語られる。み言葉の光は私たちの足元を照らし、つまづくことがないように、めざすべき目標を見失うことがないように、私たちが歩むべき道すじを照らす。さらに、み言葉をとおして神の命を注ぎ、良いわざに間に合うように整えてくださる。

Pastor
3月10日


テモテへの第二の手紙2章15節
あなたは真理の言葉を正しく教え、恥じるところのない錬達した働き人になって、神に自分をささげるように努めはげみなさい。 ******* 今週の火曜日に、ホーリネス教団に新しく加盟する人の面接があった。その中に、私たちの教会にミッション生として奉仕された吉村兄がおられた。4年間の学びと訓練を終えていよいよ教会に派遣される。吉村兄を含め6名が新加入する。お祈りいただきたい。その面接は一人ずつ行われ、最後には必ず教団委員長がお祈りをする。その祈りの冒頭で読み上げる聖句がこの15節のみ言葉である。真理の言葉を正しく教えるためには、聖書を調べたり勉強したりする以上に、聖書の前に心を静め聴くことである。そしてみ言葉を解き明かし語る者が、み言葉の前に自らをささげ、そのみ言葉にへりくだり従うことである。それが、毎回毎回講壇に立つ時に行われるようにお祈りしていただきたい。

Pastor
3月7日


テモテへの第二の手紙2章13節
たとい、わたしたちは不真実であっても、彼は常に真実である。彼は自分を偽ることが、できないのである」。 ******* アルファでありオメガである主なる神は永遠であり、その語られる言葉もとこしえに変わることがない。それ故に、主はいかなる時も真実である。それに対して有限な存在であり、多分に弱さをもった人間には、常に真実であろうと努めても、それがなし得ぬことがある。不慮の事故や病のために約束の時間に間に合わないことがあり、気のゆるみでうっかり忘れてしまうこともある。主の真実の前に自らの不真実を思い知りながらも、私は神の前にも人の前にも真実でありたいと志し、努めいどみつづけている。それは、主を信じて主と共に歩んできたこれまでの人生において、主は常に真実であったからである。「ヘセド」というヘブル語は、神の愛を表わす言葉であるが、とりわけ人との契約、約束において誠実であるところに表わされた愛であることから、「誠実の愛」と呼ばれる。私たちも、主の誠実と真実に対して誠意と真実をもって応えるものとならせていただきたい。

Pastor
3月6日


テモテへの第二の手紙1章8節
だから、あなたは、わたしたちの主のあかしをすることや、わたしが主の囚人であることを、決して恥ずかしく思ってはならない。むしろ、神の力にささえられて、福音のために、わたしと苦しみを共にしてほしい。 ******* 神の壮大なご計画の基にキリストの十字架と復活の福音がある。この福音が牧師、伝道者、宣教師のみならず、すべてのキリスト者に託されているのである。あなたは神の救いのご計画の一端を担っているのである。誰にでもできる福音宣教がある。それは、わが身になされた救いのみわざを語ることである。家族に、友人に何としてもこの福音を伝えたいと願うなら、聖霊があなたに語らせてくださる。聖霊によって語らせていただくなら、あなたの証がつたないものであると感じても、相手の人の心に何らか響くものとなる。すぐには芽を出さないかもしれないが、確実に種はまかれたのである。祈りによって発芽を待とう。また、聖霊によって語らせていただくなら、同時あなた自身もそれを聴くのである。そこにはあたたかな霊的な感動があり、あなたの救いが確かなものであることを知るのである。「神の力にささえられ

Pastor
3月4日


テモテへの第二の手紙1章5節
また、あなたがいだいている偽りのない信仰を思い起している。この信仰は、まずあなたの祖母ロイスとあなたの母ユニケとに宿ったものであったが、今あなたにも宿っていると、わたしは確信している。 ******* 12-13日に行われた北海道聖会のためにお祈りくださり、感謝いたします。聖会は帯広市にある「サラダ館」と呼ばれる都市農村交流センター、広大な農園に囲まれた昭和の洋館風の建物で行われました。12日主日の午前は、帯広市に隣接する芽室町にある、芽室ホーリネス教会の礼拝に出席し、み言葉をとりつがせていただきました。礼拝後、K兄から声をかけられました。クリスチャンであった彼の母親は昨年召されたという話を聞きました。彼の母親は、夫の執拗な反対の中で信仰を貫き、息子(彼)と娘(彼の妹)を信仰に導いた人であったという。母の信仰の偉大さが、母が召されて初めてのように気づかされたということでした。K兄は68歳ですが、今からでも母にならって主のために働きたい、許されることならば、これからでも聖書学院に入って伝道者になりたいと話してくれました。生きた信仰は母から子へ、子か

Pastor
2025年10月15日


テモテへの第二の手紙2章21節
神の傑作(4) ですから、誰でも自分自身をきよめて、これらのことを離れるなら、その人は貴いことに使われる器となります。すなわち、聖められたもの、主人にとって有益なもの、あらゆる良いわざに間に合うものとなるのです。 *******...

舟喜ふみ師
2025年5月31日


テモテへの第二の手紙1章12節
落葉 その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているからです。 ******* ちるよ ちるよ このはが ちるよ 晩秋の頃に、子どもたちのこんな歌声が聞こえてくると、何かしみじみと感じさせらるものがあります。...

舟喜ふみ師
2025年5月27日


テモテへの第二の手紙4章2節
舟喜ふみ牧師の証詞(6) 御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。 ******* 夫が手を振って 別れを告げようとした時、私と視線が合ったのをよく覚えております 夫は無言のまま 「後のことはよろしく頼...

舟喜ふみ師
2025年5月12日
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