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コリント人への第一の手紙12章22節
そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり・・・ ******* 教会はキリストの身体、教会に集うひとりひとりは身体の各器官である(同12:27)と言われる。身体がそうであるように、教会の中で弱さをかかえた人があれば、他の人がいち早...

Pastor
2024年8月26日


コリント人への第一の手紙12章3節
そこで、あなたがたに言っておくが、神の霊によって語る者はだれも「イエスはのろわれよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない。 ******* 主が三年半に及ぶ、寝食を共にする十二弟子との生活、いわゆる「弟子訓練」の集大成とし...

Pastor
2024年8月24日


コリント人への第一の手紙11章26節
だから、あなたがたは、このパンを食し、この杯を飲むごとに、それによって、主がこられる時に至るまで、主の死を告げ知らせるのである。 ******* キリストの十字架があって、今日の私がある。神の救いにあずかり、神との交わりの中に入れられたのである。それを一生涯、忘れることがな...

Pastor
2024年8月23日


コリント人への第一の手紙10章13節
あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。 ******* 私たちが遭う試練は、世の常にあるものであって、誰も経験...

Pastor
2024年8月22日


コリント人への第一の手紙9章25-26節
しかし、すべて競技をする者は、何ごとにも節制をする。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするが、わたしたちは朽ちない冠を得るためにそうするのである。そこで、わたしは目標のはっきりしないような走り方をせず、空を打つような拳闘はしない。 *******...

Pastor
2024年8月21日


コリント人への第一の手紙9章23節
福音のために、わたしはどんな事でもする。わたしも共に福音にあずかるためである。 ******* パウロは言う。「すべての人に対して自由であるが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になった」(19節)。ユダヤ人にはユダヤ人のようになり、異邦人には異邦人...

Pastor
2024年8月20日


コリント人への第一の手紙9章16節
わたしが福音を宣べ伝えても、それは誇にはならない。なぜなら、わたしは、そうせずにはおれないからである。もし福音を宣べ伝えないなら、わたしはわざわいである。 ******* パウロはひたすら福音を宣べ伝えた。主は「人の子には枕するところがない」と言われたが、パウロも休む間もな...

Pastor
2024年8月19日


コリント人への第一の手紙8章9節
しかし、あなたがたのこの自由が、弱い者たちのつまずきにならないように、気をつけなさい。 ******* キリストを信じる信仰は、 信じるその人を束縛するものではなく、その人をあらゆるものから自由にするものである。神以外の何ものにも縛られないからである。そのようにして与えられ...

Pastor
2024年8月17日


コリント人への第一の手紙6章19-20節
あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい。 *******...

Pastor
2024年8月16日


コリント人への第一の手紙3章6-7節
わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。 ******* 「わたし」とは、この手紙を書いたパウロであるが、コリントの教会の人々に最初にキリスト...

Pastor
2024年8月15日


コリント人への第一の手紙1章27-28節
それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。 *******...

Pastor
2024年8月14日


コリント人への第一の手紙1章21節
この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。 ******* 人間の知性、あるいは理性によって神を知り、信じることはできない。それができたとすれば、その神は人間の...

Pastor
2024年8月13日


コリント人への第一の手紙1章18節
「十字架の言葉は」 十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。 ******* 何度も申し上げてきたように、キリストの十字架と復活は神の奥義である。「奥義」は人間の知恵、知識をはるかに超えた神の智慧(ちえ)である。人の知力によって知...

Pastor
2024年3月29日


コリント人への第一の手紙6章19-20節
あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい。 ******* ...

Pastor
2022年12月23日


コリント人への第一の手紙6章15-18節
あなたがたは自分のからだがキリストの肢体であることを、知らないのか。それだのに、キリストの肢体を取って遊女の肢体としてよいのか。断じていけない。それとも、遊女につく者はそれと一つのからだになることを、知らないのか。「ふたりの者は一体となるべきである」とあるからである。しかし...

Pastor
2022年12月22日


コリント人への第一の手紙4章1-2節
このようなわけだから、人はわたしたちを、キリストに仕える者、神の奥義を管理している者と見るがよい。この場合、管理者に要求されているのは、忠実であることである。 ******* 福音は奥義(おくぎ)である故、友人に福音を理解してもらおうと思っても、理屈では説明できるもので...

Pastor
2022年12月13日
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