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創世記8章20-22節
ノアは主に祭壇を築いて、すべての清い獣と、すべての清い鳥とのうちから取って、燔祭を祭壇の上にささげた。 主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。 地のある限り、種まきの時も、刈入れの時も、暑さ寒さも、夏冬も、昼も夜もやむことはないであろう」。 ******* 箱舟に入れられたノアとノアの家族、及び鳥獣以外、高い山も呑み尽す大洪水によってすべての生き物は滅ぼされた。地は乾き、箱舟の外に出ると、ノアは祭壇を築き、神に燔祭をささげた。神がこのささげものを受け入れられた時、この約束の言葉を言い渡されたのである。ノアという信仰の篤い正しい人であっても、その子どもから生れてくる子々孫々は、生来の罪人である。それをわかった上で、人を滅ぼすことなく、人のために季節を与え、陽を照らし、雨を降らせて実りを与え、平穏な生活を保障された。その後、アブラハムを起こし、救い主を世に送ることによって、

Pastor
1月22日


創世記6章22節
ノアはすべて神の命じられたようにした。 ******* ここに短い言葉で、すべて命じられたとおりにしたとある。箱舟の大きさはただならぬ大きさであり、その木材を切り、運び、さらに製材し組み立てることは至難のわざである。さらにその箱舟にあらゆる鳥獣のつがいを集め、大雨がおさまり、地表をおおいつくした水が引きまでの間、人と動物たちの食糧を確保しなければならなかった。それらのいっさいをノア夫婦と、セム、ハム、ヤペテの三夫婦がそれらいっさいをなしとげたのである。主なる神に従うことによってあらゆる危険をまぬがれ、動物たち家族は救われたのである。 サムエルは言った、「主はみ言葉に従う事を喜ばれるように、燔祭や犠牲を喜ばれるであろうか。見よ、従うことは犠牲にまさり、聞くことは雄羊の脂肪にまさる」(サムエル上15:22) 主のみ言葉に聴き従い、共に主の救いと恵みにあずかるものとならせていただきたい。

Pastor
1月21日


創世記3章9節
主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。 ******* アダムとエバは善悪を知る木の実を取って食べ、心に罪が宿った時に、彼らは神から身を隠した。心に宿った罪とは、わかりやすく言えば、自己中心である。神に背を向け自己に向かって生きることである。だから、身を隠したのである。人は本来神に向かって、神と共にあるものである。私たちは、「私は今、どこにいるのか」と自分に問いかけるものでありたい。それは、神に向かって生きているのか、神と共にあるのかを確かめるものである。何事も順調に行っているのに、何か心に空しさを感じる。ふと気づけば、主なる神と遠く離れてしまった自分を発見する。ひるがえって主のもとに帰ろう。

Pastor
1月20日


創世記1章7節
主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。 ******* 人は土のちりから造られた。ちりは何の役にも立たない、むなしいものである。そして、いずれ死を迎え、灰となり土にかえる。そのように土くれにすぎないものがかたどられ、鼻からいのちの息が吹き入れられて生きたものとなった。神の息が吹き入れられて、いのちと共に神のご性質をいただいたのである。それが「神のかたちに造られた」ということである。愛、正義、主体性、創造性、交わりなど・・・。人間らしさは神のかたちに由来する。それを養うために、神のいのちの息を日々受けてゆかなければならない。それは聖書のみ言葉によるのである。 人はパンだけで生きるものではない。神の口から出るひとつひとつの言葉によって生きるものである。(マタイ4:4)

Pastor
1月17日


創世記1章1節
はじめに神は天と地とを創造された。 ******* クリスチャンになって、よく「生かされている」という言葉を口にする。その言葉を発すると、「これまで生きて来て本当に良かったなあ」としみじみと思い、神に対する感謝と喜びが心に満ちあふれてくる。神は、六日間で天地万物を創造された。その次第が、この創世記第1章には叙事詩のように描かれている。神は六日目に、最後の被造物として人類を造られた。長い歴史と広大な空間におびただしい数の人間が存在しているが、神はわれわれひとりひとりをご自身の手にかけ、丁寧に造られている。神の全能の力とはかり知れない叡智をもって、たったひとつのかけがえのない、傑作品として創造されたのである。われわれをとりまく自然界は美しく、住まいとして整っている。日々の糧も豊かに備わっていて申し分ない。はじめに神がおられ、神がこの世界を造られ、私たちひとりひとりを造られて生かされて、今、ここにある。神があって私がある。 主イエスの言われた言葉である。 「よく聞いておくがよい。だれでもわたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、もし

Pastor
1月15日


創世記5章21-22節
敬虔な心を育てる(1) エノクは六十五歳になって、メトセラを生んだ。エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。 ******* わが子に、敬虔な心を育てるということは、神を受け入れる大切な準備となるものです。敬虔な心はどうして育てられるのでしょ...

舟喜ふみ師
2025年5月14日


創世記4章8、26節
カインは弟アベルに言った、「さあ、野原へ行こう」。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。 この時、人々は主の名を呼び始めた。 ******* アダムに二人の男の子が生れた。兄はカイン、弟はアベルである。カインは農耕を、アベルは牧羊を仕事とした。こ...

Pastor
2024年6月10日


創世記3章8-10節
彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。 主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。 彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、...

Pastor
2024年6月7日


創世記1章20-25節
さらに、神は水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。...

Pastor
2024年6月1日


創世記1章6-19節
神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。 そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。 神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。...

Pastor
2024年5月31日
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