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マルコによる福音書11章3節
もし、だれかがあなたがたに、なぜそんな事をするのかと言ったなら、主がお入り用なのです。またすぐ、ここへ返してくださいますと、言いなさい」。 ******* 向こうの村に行って、未だだれも乗ったことのないろばの子を、「主がお入り用なのです」と言って連れてきなさいと、主は言われ...

Pastor
2022年9月23日


マルコによる福音書10章46-52節
それから、彼らはエリコにきた。そして、イエスが弟子たちや大ぜいの群衆と共にエリコから出かけられたとき、テマイの子、バルテマイという盲人の物乞(ものご)いが、道ばたにすわっていた。ところが、ナザレのイエスだと聞いて、彼は「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください」と叫び...

Pastor
2022年9月22日


マルコによる福音書10章45節
人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである。 ******* 「人の子」とは、メシヤ(キリスト)の別称である。つまりは、イエスご自身のことをさしている。神である方が人となって、仕えられるのではなく仕え...

Pastor
2022年9月21日


マルコによる福音書10章35-44節
さて、ゼベダイの子のヤコブとヨハネとがイエスのもとにきて言った、「先生、わたしたちがお頼みすることは、なんでもかなえてくださるようにお願いします」。 イエスは彼らに「何をしてほしいと、願うのか」と言われた。 すると彼らは言った、「栄光をお受けになるとき、ひとりをあなたの右に...

Pastor
2022年9月20日


マルコによる福音書10章32節
さて、一同はエルサレムへ上る途上にあったが、イエスが先頭に立って行かれたので、彼らは驚き怪しみ、従う者たちは恐れた。するとイエスはまた十二弟子を呼び寄せて、自分の身に起ろうとすることについて語りはじめられた。 *******...

Pastor
2022年9月19日


マルコによる福音書10章29-30節
イエスは言われた、「よく聞いておくがよい。だれでもわたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、もしくは畑を捨てた者は、必ずその百倍を受ける。すなわち、今この時代では家、兄弟、姉妹、母、子および畑を迫害と共に受け、また、きたるべき世では永遠の生命を受ける。...

Pastor
2022年9月18日


マルコによる福音書10章26-27節
すると彼らはますます驚いて、互に言った、「それでは、だれが救われることができるのだろう」。イエスは彼らを見つめて言われた、「人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである」。 ******* この日本にあって、なかなか福音が人々の心に届くことがむずかしい。弟子...

Pastor
2022年9月16日


マルコによる福音書10章25節
富んでいる者が神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい。 ******* エルサレムには、「針の穴」という門があったと言われる。それはラクダがしゃがんでようやく通れる門で、積荷をすべて取り降ろさないとそこをくぐることはできなかった。多くの富を持つものはそ...

Pastor
2022年9月15日


マルコによる福音書10章17-22節
イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄り、みまえにひざまずいて尋ねた、 「よき師よ、永遠の生命を受けるために、何をしたらよいでしょうか」。 イエスは言われた、 「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。いましめはあなたの知っているとおりである。...

Pastor
2022年9月14日


マルコによる福音書10章15節
よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。 ******* 明治の頃であるが、島根県松江市を拠点に働かれたバークレイ・F・バックストンという英国人宣教師がいた。ある日、ひとりの来客が宣教師館を訪ねた。バッ...

Pastor
2022年9月13日


マルコによる福音書10章6-9節
しかし、天地創造の初めから、『神は人を男と女とに造られた。それゆえに、人はその父母を離れ、ふたりの者は一体となるべきである』。彼らはもはや、ふたりではなく一体である。だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」。 *******...

Pastor
2022年9月12日


マルコによる福音書9章43-44節
もし、あなたの片手が罪を犯させるなら、それを切り捨てなさい。両手がそろったままで地獄の消えない火の中に落ち込むよりは、片手になって命に入る方がよい。〔地獄では、うじがつきず、火も消えることがない。〕 ******* 44節、48節にくり返し、「地獄(ゲヘナ)はうじが尽きず、...

Pastor
2022年9月10日


マルコによる9章42節
また、わたしを信じるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海に投げ込まれた方が、はるかによい。 ******* 小さい者をつまずかせてはならないという以前に、小さい者が、主にとっていかに重要な存在であるかがうかがい見ることができる。主の弟...

Pastor
2022年9月9日


マルコによる福音書9章41節
だれでも、キリストについている者だというので、あなたがたに水一杯でも飲ませてくれるものは、よく言っておくが、決してその報いからもれることはないであろう。 ******* 励まされるみ言葉である。主のために水一杯を差し出してもてなす人を、主は決して忘れないという。私たちにでき...

Pastor
2022年9月8日


マルコによる福音書9章37節
だれでも、このような幼な子のひとりを、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。そして、わたしを受けいれる者は、わたしを受けいれるのではなく、わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである。 *******...

Pastor
2022年9月7日


マルコによる福音書9章28-29節
家にはいられたとき、弟子たちはひそかにお尋ねした、「わたしたちは、どうして霊を追い出せなかったのですか」。すると、イエスは言われた、「このたぐいは、祈によらなければ、どうしても追い出すことはできない」。 ******* 弟子たちは、以前は追い出せたという腕に覚えがあって、そ...

Pastor
2022年9月6日


マルコによる福音書9章19節
「ああ、なんという不信仰な時代であろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒におられようか。いつまで、あなたがたに我慢ができようか。その子をわたしの所に連れてきなさい」。 ******* 栄光の姿に変えられた主を見るという輝かしい経験をしたばかりのペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人...

Pastor
2022年9月5日


マルコによる福音書9章2-8節
六日の後、イエスは、ただペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。ところが、彼らの目の前でイエスの姿が変り、その衣は真白く輝き、どんな布さらしでも、それほどに白くすることはできないくらいになった。すると、エリヤがモーセと共に彼らに現れて、イエスと語り合っていた。...

Pastor
2022年9月3日


マルコによる福音書8章36-37節
人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。 ******* 軍事・政治的には不可能であっても、今日のグローバル経済においては、一人の人が世界を制覇することは可能なのかもしれない。しかし、...

Pastor
2022年9月2日


マルコによる福音書8章34-35節
それから群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて、彼らに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。...

Pastor
2022年9月1日
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